日本が弓なりになって囲む海が「日本海」、中国の東側にあるから「東シナ海」。一目瞭然でわかりやすいネーミングだが、実は日本人がつけた名前ではない。英語の「シー・オブ・ジャパン」と「イースト・チャイナ・シー」をそのまま翻訳しただけなのである。漁業問題がからむとややこしくなってくるロシアでさえ、「日本海」は「ヤポンスコエーモーレ」(日本の海)と呼んでいる。ところがこの呼び方に難色を示した国もある。お隣の国、韓国と中国である。韓国では日本海のことを「東海」(トンヘ)と呼ぶ。あれは日本の海ではなく、わが国の東にあるから東海だというのだ。いっぽう中国は「東シナ海」という呼び方にクレームをつけたことがある。あれは中国の東にあるから「東海」(トンハイ)である。日本人もそう呼んでほしいというのだ。たしかに昔は日本語式に呼んでいた地名や人名を、現地式の発音に改めるという風潮は強くなってきたが、日本海も「東海」、東シナ海も「東海」にしたのではまぎらわしくてしようがない。たしかに東シナ海は中国にとっては東側だが日本からすれば東南だし、フィリピンから見たら北じゃないか、いったいどうするのだ?という意見も出てくる。結局日本は今までどおりの呼び方になっているわけだが、自国の海と主張したい気持ち、ちょっぴりわからなくもない。
チェックインが済むと、ページに案内されて客室に入り、室内の説明を受ける。その時室内を簡単に見回っておいて、気になる点があったら頼んでおくこと。窓のカーテンを開け、外の景色を確認することも大切だ。もし期待したような眺めでなかったら、そのページに要望を告げる。すると再びフロントにかけ合って、2回でも3回でも部屋を替えてくれる。そして、その部屋で納得したらいろいろやってくれたページにチップをはずむこれで、その部屋と客との契約が始まったことになる。やがてベルマンが荷物を持ってやってくる。その時までにトイレや電気のスイッチを確かめておいて、不具合があったらすぐに伝える。ルームチェンジは、到着が早ければ早いほど様々な選択が可能だ。そして、一日の終わりになればなるほど、選べる部屋は少なくなる。だから、到着のみならずできるだけ早くチェックインしておくことが大切だ。部屋がまだ用意できていない場合も、チェックインだけすれば荷物だけ預かって、後から入れておいてくれる。ベルマンが帰ると、ようやく自分の部屋になる。
筑後地方の主要都市は、城下町の久留米と柳川に三井三池港があった大牟田。久留米は、近代になって地下足袋の生産地となり、そこからブリヂストンなどゴム産業が発展していった。ブリヂストンの創業者の名を冠した石橋美術館には青木繁ら九州出身の画家たちのコレクションがあって地方の特色を生かした美術館として高く評価されている。柳川は川下り(水郷観光)と鰻のセイロ蒸し、それに北原白秋の生地として知られる観光スポット。古くから栄えてきた土地で海外との交流も盛んだったところだから、開放的で時流に敏感で目立つことをいとわない県民性を生んでいる。九州は芸能人が多いが、そのなかでも福岡県は松田聖子、酒井法子、富田靖子、小柳ルミ子、黒本瞳、高倉健、タモリ、武田鉄矢、井上陽水、郷ひろみ、草刈正雄などきら星のように並んで、むしろ、東京の芸能界の主流といった感すらある。博多方言でおなじみは、「ばってん」とか「しゃい」という語尾で、これら芸能人たちも故郷を語るときにはブラウン管でも使ってみせる。